pgrobertのブログ

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ペット・ショップ・ボーイズ'Hotspot'今さらレビュー【完全版】

1月24日にリリースされたペット・ショップ・ボーイズの最新アルバム'Hotspot'。もうリリースから半年以上が過ぎていることに驚きです。
 
さて、'Hotspot'に関しては、Annuallyが届いたときにシングル曲+"Only the Dark"のレビューをしたのですが、改めて全曲のレビューを書こうかなと。今回も二人のコメントはAnnuallyからの引用です。各曲の「原題」は、デモ段階でのタイトルです。
 
↓前回の記事。
 

1. Will-o-the-wisp

どのアーティストでもそうだと思うんですけど、アルバムの1曲目ってそのアルバムへの「ガイド役」というか「決意表明」というか、アルバムを象徴するような曲が来ると自分は思っていて。
 
例えばQueenの'A Kind of Magic' (1986)なら、1曲目の"One Vision"はライブ・エイドの後らしく世界平和を願うような歌詞に、4人の共作曲という、「ライブ・エイド前は色々あったけど、これからも4人で頑張るぜ」的なものになってるし、*1
あるいは、Daft Punkの'Random Access Memories' (2013)なら、1曲目の"Give Life Back to Music"は、今まではサンプリング主体打ち込み多用で曲作ってきた*2けど、生音で音楽に感情を取り戻すんだ*3、というアルバムを象徴する決意表明的な曲だし、
 
そして今回の'Hotspot'はと言えば、この"Will-o-the-wisp"は、'Electric'(2013)と'Super'(2016)に続くStuart三部作であると一聴して分かる*4一方、どこか無機質だった先2作("Axis"と"Happiness")とは違い、人間的な温かみが感じられる(=久々にアルバムの1曲目でガッツリ歌ってる!)ところ、またサビで言及しているUバーンがベルリンの地下鉄*5なのはベルリンのハンザスタジオでレコーディングしたことと無縁ではないだろうところ、まさにアルバムを象徴するような曲になっていると思います。
 
歌詞に関しては、クリストファー・イシャーウッド*6Uバーンに座って、馬車を見下ろして昔の恋人を見てるところで、その恋人に関する独白――その恋人は、will o' the wispのように消えたと思ったら突然現れ、また消えようとする――になっているとはニールの弁。まあ、これは完全にニールの作り話のようですが、そのアイデアが気に入ったみたいです。
 
さらに彼が言うには、初めにスチュアートがアルバムの曲リストを作ったときこの曲は外れていたらしく「(電車に乗り込むというのも含めて)アルバムの幕開けにふさわしいから考えるべき」だと彼に言ったら「うん、そうだね」と返されて、無事アルバム1曲目に収まった、なんて経緯も。ちなみに原題は"Dad dancing"。
 
 

2. You are the one

微妙に"Will-o-the-wisp"の終わりから音が繋がってるんですよね。だからアルバムを頭から順に流してると曲の切れ目が分からない。(苦笑)
この「アルバム内で曲間が切れ間なく繋がっている」というのはQueenが頻繁にやっていましたが*7*8、PSBも"Discoteca"~"Single"('Bilingual')とか"For Your Own Good"~"Closer to Heaven"('Nightlife')とか、何より全編ノンストップでリミックスしてる'Disco 2'(1994)がありましたね。
それはともかく、2曲目にしてメロウな曲。"The Only One"('Nightlife'8曲目)や"Breathing Place"('Elysium'6曲目)や"Luna Park"('Fundamental'7曲目)の系譜なのにこの位置なのは思い切ってるよなあ。
これもベルリンに関する曲。ベルリンの周りにある湖に(ドライブに)行ってまた街に戻ってくる、そんな日曜日の午後について歌った曲。元々'Super'の時に書いていたけど、タイトル(最初はシンプルに"The one"だった)とアレンジを変えて今回収録することになったそう。元はダンス曲だったのをテンポを落としてアレンジし直すって、"Rent"と経緯が似てますね。
 
で、クリスが作ったメロディにニールが winter, spring and summer, autumn, always in my heart って歌詞をつけたときに別の曲から盗作したんじゃないかとすごく心配したくらい、80's半ばの曲みたいだとのこと。
 
 

3. Happy people

一気にゴージャスなアレンジ。スポークン・ワードのパートが多め。原題"House piano"。*9
アルバムの中でもクリスお気に入りの歌詞がこの曲の but the soul is in the high hat とのこと。
そして
the soul is in the high hat, programmed in the system
という歌詞は比喩的――魂はそこにあるのに、自発性を削っていくようなシステムにプログラムされている、悲しい世界に生きている幸せな人々のように――だとニールは言います。
この曲聴いてると、この前のツアーの"Opportunities"のときにスクリーンに出てたスマイルマークが頭によぎるのは自分だけでしょうか…
 
 

4. Dreamland

アルバムからのファーストシングル。feat. Years & Years。"Thursday"ぶりのフィーチャリング・アーティスト。原題"Anno Domini"。リリックビデオのモチーフはベルリンの地下鉄(またベルリン!)。
元々Years & Yearsのアルバムに入るはずだった(ので、オリー・アレクサンダーが全編歌っていた)のが、そのアルバムに合わなくなったからニールとオリーのデュエットに変えてこのアルバムに入れることになったそうです。「デュエット」にするにあたって、改めてオリーがレコーディングしたボーカルと、元からあったボーカルと両方を使っているとのこと。
 
作曲を始めたのが2017年1月23日22:58*10で「また晩だ」とニールに突っ込まれたクリスが「明け方まで作業するのが好きなんだ。大学にいた時も同じ。夜通し作業するのに慣れてた」って返したら「自分にはできないよ」と言うニール。このやり取り、すごく微笑ましい。笑
 
 

5. Hoping for a miracle

原題"Le Touquet"。
この曲にはとてもいいコードチェンジがあって、ニールはいつもこのトラックにエミネムがラップを被せるのを想像するそうで、クリスはラッパーには最高のバッキングトラックになるだろうと言います。
 
さて、歌詞ですが、ニールがウォータールー・ブリッジで見かけた(奇妙な独白をしていた)男が最初のバースのモデル。T.S.エリオットの「荒地」を参照した部分*11もあるようです。
二つ目のバースでは、その男はすごく自信を持っているけど上手くいかない(トニー・ブレアが大衆にイラク戦争のことは忘れて彼の成果に注目してほしいと願ったがごとく)。
人生がバラバラになって、奇跡が全てをまとめ直す、そんなことを願っている人の物語。でもそんな奇跡は起こらないだろうと言うドライなニール。
 
そんなニール曰く「オリジナルのコードチェンジが1982年辺りのジョルジオ・モロダーの映画のサントラにありそう(シンセの感じがそんな風)だ」っていうのが興味深いです。*12
 
 

6. I don't wanna

原題"Rewind"。wannaという単語がとてもアメリカン・ポップというところから、コーラスの部分だけマドンナっぽく歌っている曲。
マドンナといえば'Confessions on a Dance Floor' (2005)のプロデューサーがスチュアートで、PSBも"Sorry"のリミックスに参加。新しいボーカルも入れて、そのバージョンがマドンナのライブでも音源として使われるという……そして'Fundamental'(2006)のライナーに載ってたプレスリリースの翻訳に、マドンナがPSBに言及した件についてスチュアートが語ってる部分がありましたね。
 
歌詞は、外に出るには醜くてセクシーさもないと感じているから惨めに部屋にこもっている男の子の話。彼について三つの視点から語られています。
まずコーラス部分は少年自身の視点、彼の台詞。Lonely boy...のバースからナレーターに交代。Friday night...のバースから二人目の視点。そして三人目の視点になってまたコーラスで一人目に戻る。
最後のバースでSnap!の"Rhythm Is A Dancer"を聴いた少年は外に出ることを決めたので、最後のコーラスはわざとらしい感じにしているらしい。
 
 

7. Monkey business

アルバムからのサードシングル。
'Super'を作ってる時(2014年6月24日)に作り始めたみたいなのでアルバムの中で一番古い曲。しかも"Circo Loco"という"Pazzo!"の元になった曲をこの2日後に作るという、逆に'Super'に入らなかったのが不思議に思うような曲作りをしてます。
 
全然関係ないですけど、個人的にmonkey businessっていう単語を見るとフレディ・マーキュリーの"Living on My Own"を思い出します。しかも I don't have no time for no monkey business なので、 I'm looking for monkey business とは真逆。
 
最初作ったとき、あまりいい感じではなかったんだけど、スチュアートがとても気に入った。そうしたらヴォコーダーのパートだったりディスコなストリングスだったりを加えて曲にグルーブ感を出したのもあり、この曲はスチュアートとの共作になった。一方ニールはストーンズミック・ジャガーかというようなパートを思いついてそれも入っているとか。
 
 

8. Only the dark

原題"Distraught"。
前回のレビュー記事でこの曲に"Footsteps"っぽさを感じると書きましたが、"Monkey Business"→"In The Dark"の流れは'Nightlife'(1999)における"New York City Boy"→"Footsteps"の流れに似てますよね。ダンスナンバーで盛り上げた後のクールダウンという意味でも、曲の雰囲気という意味でも。
 
 

9. Burning the heather

アルバムからのセカンドシングル。ギターに元SuedeのBernard Butlerが参加*13。原題"You've got me all wrong"。
ジェリー&ザ・ペースメーカーズが歌うのを想像できるくらい60'sな雰囲気、彼らにはとても珍しいメロディでほとんどフォークだとのこと。スマッシュ・ヒッツで「scarf-waver」とよく呼んでいた類の音楽だとか。
 
 

10. Wedding in Berlin

イントロとアウトロで鳴ってる音は'Happy People'のアウトロでも鳴ってますね。どうやら教会の鐘の音が元になったサウンドらしいです。
メンデルスゾーンの「結婚行進曲」をガッツリとサンプリング。知り合いの結婚式用に作った曲をリアレンジ。その結婚式がベルリンのウェディングというところで行われたようで、二重の言葉遊びなタイトル。
 単なる「結婚賛歌」に終わらせるのではなく、 Don't matter if they're straight or gayセクシャリティにもきっちり触れる辺りさすがです。
 
 
この記事を書くために最近はほぼ'Hotspot'しか聴いていない(しかも1日3回くらい。笑)ですが、還暦を過ぎているのに若々しさの漲るトラックの数々に改めて目を見張るそんな最近です。
あと、日本盤のライナーノーツのインダビューで「日本公演ができてよかった」「'Budocan't'が'Budocan'になった」って言ってくれたのは本当に嬉しいですね。いまはこんな状況ですが、また日本でライブが見られる日を楽しみに待っています。

*1:そして「友達はずっと友達だ」と歌う"Friends Will Be Friends"が収録されているという胸熱展開!

*2:このアルバムでは唯一"Contact"だけがサンプリング使用曲

*3:〝「メモリー」は「データ / 情報」であり、「メモリーズ」は同じ言葉でも「感情」がこもる。〟 by トーマ

*4:途中で"Inside a Dream"みたいな音が鳴ってるのもポイント

*5:実際に彼らが録音した電車の音や車内放送も曲中で流れてます

*6:イギリスの作家、短編の『さらばベルリン』が有名(またもやベルリン!)。これは『私はカメラ』として舞台になっているのですが、Annuallyで二人がアルバムタイトルをCameraかKameraかどっちにしようか考えていた、という話の中で'I Am a Camera'が出てきます。

*7:例えば'QueenⅡ'の"Ogre Battle"~"The Fairy Feller's Master-Stroke"~"Nevermore"の流れとか

*8:'QueenⅡ'の「サイド・ホワイト」も「サイド・ブラック」もこの「切れ間なく繋がる」をやっているので、ブート盤で「Stand Alone Version」という一曲一曲の独立した版が入ってるやつがあったりします。

*9:元は中間部のみだったらしいですが。

*10:なんでここまで正確に記録してるんだ!?と驚いたのは内緒。

*11:On Waterloo Bridge you got lost in the fog ――ただ、「荒地」ではウォータールー・ブリッジではなくロンドン・ブリッジだったみたいですが……

*12:ちなみに、たとえば「フラッシュダンス」は1983年、「メトロポリス」は1984年です。

*13:本当はいつも通りジョニー・マーに頼みたかったけどツアー中だったので断念したとか……もし実現してたら'Yes'(2009)ぶりだった!