pgrobertのブログ

好きな音楽や美術について。ときどき脱線。

KICK THE CAN CREW「アンバランス」とその元ネタにまつわるお話。

KICK THE CAN CREWの「アンバランス」。

モラトリアム期の文字通り「不安定」な心情を彼らお得意の固い韻に乗せて歌った名曲です。

MCUヴァースで
「今日は今日明日は明日」
「だからやめてマジな話は」
「今は未来とかに当てはない」
「そのうちなんとかなるぜ将来は」
などなど言っているのが鬱屈した思春期の心情を上手く表しているように思います。

韻に関しては、例えばKREVAヴァースの

肩ひじ張って また意地張って
はたから見てたら かなり身勝手
もし間違ってたって知らねぇ
俺は未完成でも光ってる

の部分を母音に分解すると

aaiiae aaiiae
aaaaieaa aaiiae
oiaiaeae iae-
oeaia(n)e-eo iae(u)

ずっと(aai)iae
「(肩ひ)じ張って」「(また意)地張って」「(かなり)身勝手」「(間)違って」「未完成」「知らねぇ」「光って(る)」
で韻を踏み続けています。
あと「間違って」「は未完成」はaiaeでも踏んでますね。


また、LITTLEヴァースの

ずっと今まで勝手気ままで
やってきただけ なんて幸せ
年齢なんて無関係
やっぱ安定なんてつまんねぇ(よ)
お隣の友達もおとなしい大人になり
ここぞとばかり 小言ばかり
あいにくオレは物わかりのわりい方
遊ぼうぜアミーゴ

の部分*1を母音に分解すると

uoiaae aeiaae
aeiaae a(n)eiaae
e(n)e-a(n)eua(n)e-
aaa(n)e-a(n)eua(n)e-(o)
ooaio ooaio ooai-ooaiai
ooooaai oooaai
aiiuoea ooaaioai-o-
aoo-e ai-o

踏みまくりで、もはや何が何だか。(苦笑)

まずiaae。
「今まで」「気ままで」「きただけ」「幸せ」
「勝手気ままで」「やってきただけ」「なんて幸せ」はiaeeの前に2音加わってaeiaaeで踏んでます。
「年齢なんて無関係」「安定なんてつまんねぇ」はそれぞれ頭の「ね」と「あ」を除いた(n)e-a(n)eua(n)e-で踏んでるし、その後は「お隣(の)」「友達(も)」「大人しい」「大人に」でooai(o)の連発。
そして(o)ooaaiでも踏む「(ここ)ぞとばかり」「(小)言ばかり」「物わかり」。
さらにai(-)oで「(物わ)かりの」「わりい方」「アミーゴ」!*2

KREVAヴァースもLITTLEヴァースも触れ忘れがありそう……それぐらい固く踏まれてるのがよく分かります。


そんな「アンバランス」のトラックにはサンプリングの元ネタがあると、あるYouTubeチャンネル*3で昨年指摘されました。
その元ネタというのが、Shirley Bassey(シャーリー・バッシー)の"Everything That Touches You"(1976)。
youtu.be


これを聞いてみると、イントロとフックではほぼ元ネタのまま使われて、3人それぞれのMCのトラックではチョップして使われているのが分かります。バックのストリングスもそのまま使われてるのかな?*4
そして、この元ネタの曲にまつわる色々な繋がりがあったので、ここからはそれについて書いていきます。


ですがその前に、とりあえず歌詞を和訳してみました。

You say you're all alone
With visions all your own
The thing you feel nobody feels the same
But you know me you know what I've been through
And everything that touches me
And everything that touches me
Everything that touches me, touches you

あなたは自分の持っているビジョンとともに
ずっと一人だと言うわ
あなたが感じることは 誰も同じようには感じない
でもあなたは私を分かってる、私が経験してきたことも
そして私に触れるもの全てを
私に触れるもの全てを
私に、あなたに触れるもの全てを

Friends along the road
May lighten up your load
By saying what they think you really want to hear
But I'll only tell you what I feel is true
And everything that touches me
And everything that touches me
Everything that touches me, touches you

行く先々の友人たちが
あなたが本当に聞きたいと思ってるんじゃないかってことを言うことで
あなたの重荷を軽くしてくれるかもしれない
でも私は私の感じてることが本当だとあなたに伝えるだけ
そして私に触れるもの全てを
私に触れるもの全てを
私に、あなたに触れるもの全てを

Share, cause I can't take you there
Unless I know a part of what you're thinking
Care, cause it's only fair
And darling can't you feel my heart is breaking
My heart is breaking

苦楽を共にしましょう、あなたをそこに連れて行けないから
そうでなければあなたが考えていることの一部は分かってる
気にかけてよ、それが筋でしょう
そしてダーリン、私の心が張り裂けそうなの、感じない?
私の心は張り裂けそう

Everything that touches me
Everything that touches me
Everything that touches me, touches you...

私に触れるもの全てを
私に触れるもの全てを
私に、あなたに触れるもの全てを……


さて、この"Everything That Touches You"を歌うシャーリー・バッシーですが、007シリーズの主題歌*5で有名な歌手で、70年のキャリアがある方です。
そんなシャーリー・バッシーに、ペット・ショップ・ボーイズが曲を提供しています。彼女の2009年のアルバム'The Performance'に収録されている"The Performance of My Life'がそれです。PSB版のデモ音源は'Fundamental: Further Listening 2005-2007'に収録されています。

シャーリーのライブ版
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PSBのデモ音源
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ところで、"Everything That Touches You"にはたくさんのカバーが存在します。この記事の最後に可能な限り紹介しますが、実はシャーリー・バッシーが歌っているのもカバーです。ではオリジナルは誰か?と調べたところ、どうやらこの人のようです。
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これを歌っているのはMichael Kamen(マイケル・ケイメン)。1973年の彼のアルバム'New York Rock'の冒頭を飾る曲です。
ダイ・ハード」シリーズ(1~3)、「リーサル・ウェポン」シリーズ(1~4)の音楽を手がけている彼ですが、「ハイランダー」にも関わっています。そう、Queenが主題歌・挿入歌を手がけたクリストファー・ランバート主演の映画です。
しかもその挿入歌の一つである"Who Wants To Live Forever"では、ブライアンと一緒にオーケストラの編曲を担当し、PVにも指揮者として登場します。
ちなみにマイケル・ケイメンも007シリーズに関わっています。*6*7
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「アンバランス」の元ネタについて調べていたら、自分の好きなアーティスト2組に到達したという、奇跡のような話でした。


最後に、"Everything That Touches You"集。

Bonnie Rait
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The Yandall Sisters
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Mae McKenna
(タイトルのクレジットは"Everything That Touches Me")
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The Walker Brothers
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Benny Mardones
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「アンバランス」でサンプリングされているメロウな間奏部分はどのカバーでもやっぱりメロウでそれはそれでまた味わい深いなあ、なんて思います。

*1:このLITTLEのパートは元々「エルニーニョ」(2000)で「ずっと今まで勝手気ままで/やりたいようにやってきただけ/ただ 好きな奴らと好きな言葉で/好きな服着て 好きな事だけを/毎晩毎晩大胆で 刺激的 Night & Day/常に不安定/だって安定なんてつまんねぇ」という風に出てきたものです。 さらに後に「八王子少年~春よ、来い~feat. RYOJI」(2020)でも「何もかもが未定だった/あの頃からこの夢見ていたんだ/ずっと今まで 勝手気ままで/やってきただけ なんて幸せな人生だったんだ」と出てきます。両方とも名曲!

*2:実は「(おと)なりの」「達も」「(おと)なしいお(とな)」「(ば)かり小(言)」と続いてるんですよね。半端なし。

*3:https://youtu.be/8KwYBzKZhc8

*4:ちなみに実際にこの元ネタを使ってトラックメイキングしている人の動画があります。→https://youtu.be/cRrP3ILaU3s

*5:1964年の3作目「ゴールドフィンガー」と1971年の7作目「ダイヤモンドは永遠に」、そして1979年の11作目「ムーンレイカー

*6:1989年の16作目「消されたライセンス

*7:もっといえば、ペット・ショップ・ボーイズも007(1987年の15作目「リビング・デイライツ」)の主題歌を担当するはずがお蔵入りして、その主題歌は結局a-haが担当することになりました。その一方、お蔵入りした曲はそのまま'Behaviour'(1990年)収録の"This Must Be The Place I Waited Years To Leave"に転用されました。